軽井沢の珈琲屋の思い出

 

軽井沢の珈琲屋の思い出 

渋谷西武がなくなるという報道をみた。
1980
年代に渋谷西武やパルコには何人か友人がいた。
どの人も趣味もよく人柄もいい人達だった。

なぜか気があって、彼らに西武の軽井沢の保養所?福利施設?によく招待されて、軽井沢には通いました。

車のメカニズムの趣味、音楽やオーディオの趣味などや西武グループが得意としいたクリエイティブな表現や演劇、コマーシャルなどよく語り合いました。 

 

 


 

当時は軽井沢直結の高速はなかったので、連休や夏休みなどの渋滞時には驚くほど複雑な抜け道で旧軽井沢まで行ったのでした。

困るのは、金曜日の昼頃連絡が来て、今晩、軽井沢に行こうとか、土曜日行こうとか、突然の誘いが多かった。
まあ、何しろ安くて楽しい遊びですから喜んで行きました。
不思議なのは、友人達は、ゴルフとかお酒にも興味がなく、それが私にはちょうど良かったのです。
のんびり軽井沢で過ごして、周辺の知られていない美しい場所や、美味しい飲食店て過ごしました。
その中でも忘れられない思い出が、珈琲屋です。
そこは、記憶ではホテルの敷地内にひっそりと佇む小さな喫茶店でした。
カウンターの中には年配のマスターが、ネルドリップで丁寧に珈琲を淹れています。
私達が入っていくと、友人達は常連なので、こんにちはと挨拶して腰掛ける。
マスターは、よく来たね。といって注文も聞かず、珈琲の用意をします。
丁寧にコーヒー豆を挽き、ネルドリップで淹れます。
そして、デミタスカップのような小さな美しいカップに静かに注いでいます。
そして、それを私たちの前に配ってくれます。
まず、これを味わってみなさい。
と言って、あれはモカだったのかな。
これまで味わったこたがない上品な香りとふくよかな味わいの濃い珈琲に驚きました。
その驚きの一杯を楽しんで、目の前のカウンターの奥に飾られた美しいカップや食器類を眺めていると、マスターは、また珈琲豆を挽きます。
そしてネルドリップで淹れています。
こんどは、先ほどより少し大きめなカップに注いでくれます。

この豆は、
二杯目で味わうのにいいんだよ。
お口に合うかどうか試してみて
といって目の前にカップを置いてくれます。
いただきますといって、その珈琲を飲むと何ということでしょう。
違う世界に来たような別格の味わいがコーヒーカップから口へ、それは全身に広がるようでした。
これほど深い味わいと香りに接したことは初めての経験です。
友人達から、どうここの珈琲は?
と聞かれて、こんなに珈琲が美味しいと感じたことは初めてで世界観が変わりましたと正直に答えました。
その時から、自分の中で珈琲の基準が変わってしまって、どこの珈琲豆でも、どこの有名店でも、軽井沢のあの店の感動は得られなくなってしまいました。5年から10年は通ったと思いますが、今では、店名も忘れてしまいした。
ただ軽井沢のホテルのような場所の敷地内にあって、そこの経営者が趣味でやっているような小さな喫茶店で、全国から愛好者が集まってきていました。
そういえば、珈琲は、綺麗な豆を選ぶこと、ネルで淹れること、そして水だと。納得できる水を得るために二度も井戸を掘ったと聞きました。

Googleでは調べられなかったので、
ジェミニに質問してみました。

ジェミニに過去の思い出を語り、該当の店はと聞くと、
「旦念亭」ではないかとの回答。

1. 店名の由来と想い
「旦念亭」という名前は、ドイツ語で「もみの木」を意味する「タンネンバウム(Tannenbaum)」に由来しています。かつてもみの木が多く自生していた軽井沢の地に、「もみの木のように長く深く根を張りたい」という創業者の願いが込められています。
2.
創業から続くこだわり
創業以来、40年以上にわたって変わらぬ製法で提供されている看板メニューが2つあります。
水出しコーヒー: 白糸の滝の湧水を使用し、専用の什器で810時間(時期によっては12時間)かけて一滴ずつ抽出する本格派です。
チョコレートケーキ: オーブンを使わず、生地を寝かせて4日間かけて丁寧に作り上げる独自の生チョコレートケーキです。
3.
建物の特徴
駅近(軽井沢駅から徒歩約2分)という好立地にありながら、創業時からのノスタルジックな雰囲気を保っています。
冬の暖炉: 店内には歴史を感じさせる暖炉があり、冬場は薪が焚かれ、木の温もりあふれる空間となります。
ツツジの庭: 庭には約200株のツツジが植えられており、5月の見頃には多くの観光客を惹きつける名所となっています。
4.
次世代への継承
現在は創業者の想いを継ぎ、ご家族(長男の允之さんなど)も店に立ち、親子2代、あるいは客側も3世代にわたって愛される店として、軽井沢の喫茶文化を支え続けています。
また、その趣のある雰囲気から、人気番組『テラスハウス』のロケ地として使用されたことでも知られています。

昔はホテルの敷地内にありましたか

「旦念亭」がホテルの敷地内にあったという記録は、一般的には見当たりません。
創業時から現在まで、**「軽井沢駅前(徒歩2分ほど)」**の現在の場所で営業を続けていることで知られています。
ただ、お客様が「ホテルの敷地内」という印象を持たれるのには、いくつか理由が考えられます。
1.
創業者の前身や関係性
旦念亭の創業者は、かつて軽井沢の老舗ホテルである**「万平ホテル」**に勤めていた経歴があります。そのため、「ホテルの流れを汲む喫茶店」という文脈で語られることが多く、記憶の中でホテルとの繋がりが強く残っている可能性があります。
2.
周辺の歴史的な別荘地
店舗がある場所(軽井沢東)は、駅からすぐの好立地でありながら、かつては深い林に囲まれた別荘地でした。広々とした庭園(ツツジの庭)や、重厚な木造建築、暖炉のある雰囲気は、まるで歴史あるホテルのラウンジのような趣があるため、そのように記憶されているのかもしれません。
3.
他の店舗との混同
軽井沢には、ホテルの敷地内に古くからある有名な喫茶店(例えば、旧軽井沢ホテル音羽ノ森の「カフェ・テラス」や、万平ホテルの「カフェテラス」など)が点在しているため、それら老舗店としてのイメージが重なっている可能性もあります。
もし「昔、〇〇ホテルの庭の端っこにあった」といった具体的な記憶や、別のエピソードがございましたら、ぜひ教えてください。何か手がかりが見つかるかもしれません。

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旧軽井沢ホテル音羽ノ森の「カフェ・テラス」の歴史は?

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ホテルの創業時から、軽井沢の「静寂」と「格式」を象徴する場所として親しまれてきました。
その歴史と特徴を紐解くと、以下のポイントが挙げられます。
1.
ホテル創業と建築の背景
「旧軽井沢ホテル音羽ノ森」自体は、**1982年(昭和57年)**に開業しました。
建物は、かつて三笠通りにあった重要文化財「旧三笠ホテル」の建築様式(明治・大正期の純西洋風建築)をモチーフにしており、カフェ・テラスもそのクラシカルな世界観をそのまま形にした空間となっています。
2.
「静寂」を守る場所
ホテルが位置する「音羽の森」一帯は、かつて宣教師たちが愛した静かな別荘地です。カフェ・テラスの歴史は、観光地の喧騒から離れて、鳥の声や風の音を聞きながらお茶を楽しむ「大人の社交場」としての役割を担ってきました。
中庭の風景: テラス席からは、四季折々の表情を見せる美しい中庭を望むことができます。
礼拝堂との関わり: 敷地内には、軽井沢最古の教会(ショー記念礼拝堂)の精神を受け継いだ「旧軽井沢礼拝堂」があり、挙式後の余韻を楽しむ場所としても多くの物語を刻んでいます。
3.
歴史ある人気メニュー
歴史の中で守り続けられている名物があります。
アフタヌーンティー: 軽井沢の格式あるホテル文化を象徴するスタイルとして、長年愛されています。
アップルパイ: 創業時から続く伝統のレシピで作られるアップルパイは、かつての避暑客たちが好んだ「古き良き軽井沢」の味として定評があります。
4.
万平ホテルとの不思議な縁
先ほどの「旦念亭」の話とも繋がりますが、音羽ノ森は、万平ホテルの元支配人が立ち上げに関わったという歴史があります。
そのため、カフェ・テラスで提供されるサービスや雰囲気には、万平ホテルから受け継がれた「軽井沢流のおもてなし」のDNAが色濃く反映されています。
創業から40年以上が経ち、現在は「新旧の軽井沢」を繋ぐシンボル的なカフェとして、親子数代にわたって訪れるファンも多い場所です。
このホテルやカフェについて、何か思い入れのあるエピソードなどはございますか?

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万平ホテルの「カフェテラスの歴史は?
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万平ホテルの「カフェテラス」は、1894年(明治27年)の創業以来、軽井沢の歴史と共に歩んできた象徴的な場所です。
その歴史を語る上で欠かせない、象徴的なエピソードがいくつかあります。
1.
「軽井沢の父」と西洋文化の始まり
万平ホテルの前身は江戸時代の旅籠「亀屋」ですが、カナダ人宣教師アレキサンダー・クロフト・ショー(軽井沢の父)の助言を受け、西洋式ホテルとして生まれ変わりました。
カフェテラスは、当時の避暑客たちがテラスでお茶を楽しむという、「西洋の余暇文化」を日本に根付かせた先駆けと言える場所です。
2.
ジョン・レノンと「ロイヤルミルクティー」
このカフェを世界的に有名にしたのが、1970年代に4年連続で家族と滞在したジョン・レノンのエピソードです。
直伝の味: 当時のメニューにはロイヤルミルクティーがありませんでしたが、ジョンが「紅茶をミルクで煮出してほしい」と作り方をスタッフに直伝したという逸話が残っています。
お気に入りの席: 彼はカフェテラスの決まった席を好み、そこから庭を眺めて静かに過ごしていたと言われています。現在もジョンが愛したロイヤルミルクティーと伝統のアップルパイは、看板メニューとして受け継がれています。
3.
歴史的建築「アルプス館」の一部
現在のカフェテラスが入っている「アルプス館」は、1936年(昭和11年)に竣工した建物で、国の登録有形文化財に指定されています。
戦後の接収: 第二次世界大戦後、ホテル全体が米軍に接収され、将校用の休養施設として使われていた時期もありました。激動の時代を経て、1952年に通常営業を再開しました。
和洋折衷の美: ステンドグラスやハーフティンバー様式など、建築当時の面影を今も色濃く残しており、そのクラシカルな雰囲気が多くの人を惹きつけ続けています。
4. 130
周年のリニューアル(2024年)
2024
年、万平ホテルは創業130周年を迎え、大規模な改修を経てリニューアルオープンしました。
カフェテラスもこの時に改修され、テラス席がさらに拡張されました。
伝統を継承しつつ、より多くの人が軽井沢の風を感じながら過ごせる空間へと進化を遂げています。
長年「旦念亭」を運営されていた創業者が、この万平ホテルで研鑽を積まれていたというのも、こうした豊かな歴史の一部が現在の軽井沢の喫茶文化に繋がっていることを感じさせますね。

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軽井沢からの帰路は碓氷峠経由でした。

もちろん荻野屋で釜飯を買い込んで。

当時の渋滞は凄くて、荻野屋の相当手前から車をおりて、のんびり歩いて、

荻野屋について、釜飯を買い込んで、店を出るとちょうど車が到着という案配でした。

最近は、東京でも荻野屋の釜飯が変えるようになりましたね。
西武グループの最盛期の楽しい思い出でした。
あの珈琲屋の美しい思い出は、思い出のままにしまっておく方がいいようです。

長年の疑問は解消できなかったが、ここに紹介された3軒の名店は、今度、軽井沢に行った時に訪ねてみたいですね。


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